最後の注射が一番痛い

昨日は母親のコロナワクチン接種6回目でした。ありがたくも高齢者優先なので、連絡が来るたび早めにきっちり毎回こなしてきたことになると思います。でもって僕の付き添いも同じく6回目になるわけですが、初回がいつだったかすっかり忘れてしまいました。そこで母親の接種履歴をチェックしたら、6回目は奇しくも2年前の同日。予約したのは僕なのに、そうだったとは露知らずってやつです。
2年前? 最初の緊急事態宣言が発令されたのは2020年、つまり3年前の4月でしたよね。じゃ、母親が最初のワクチンを接種するまでの間はどうしてた? たぶん、じっと家にいて事態が収まるのをただ待つしかなかったんだよな。そのうちコロナに有効なワクチンが開発されたとニュースが伝えて、わりとすぐに接種が始まったんでしたよね。でも、“そのうち”とか“すぐ”の具体的な期間や日取りが思い出せない。
この前もそうでした。いつも髪を切ってくれるお馴染みの女性店長にたずねたんです。オレ、コロナ禍はどんな感じで通ってたんだっけ?
「今と変わらず3カ月に1回だったから、特に問題なく来てくれてたんじゃないっすか?」
けれど当時は予約も制限があって、店内も客が少なかったんじゃない?
「いやでも、案外売り上げは落ちなかったんすよね」
この子は20代前半からずっと屈託がなくていいんです。コロナ禍の最中は「この先どうなっちゃうんですかねぇ」と心細いことを言っていたはずなんだけど。
彼女だけでなく僕にしても、2年前や3年前の記憶は薄らいでいきます。嫌な思い出は忘れたいとか、喉元過ぎればとかではなく、明日を見据えて今を生きるほうが大事だからだと思います。
「ただ、マスクがあったりなかったりで、ウチのチビたちは保育園や幼稚園でそれなりに戸惑ったみたいですよ。人を認識できなかったことが将来どんな影響を及ぼすのか、そこを考えるとちょっと怖いっすよね」
なるほど。表層的な記憶に留まらずとも、精神の深層部にはコロナ禍が見えない帯となって巻き付く可能性があるということなんだろうな。おそらくこの世界の誰にとっても等しく同じ条件で。そしてまた2020年からの3年間が人々にとってどういうものだったかは、もっと先になって正しい検証結果が出るのでしょう。
「これまでよりずっと早く終わったけれど、やっぱり痛いね」
ワクチン接種後の母親の愚痴です。きっと過去5回と変わらないと思うんだけど、今を生きるとなると、ひとまず最後の注射が一番痛いんだろうな。

実家の階段より。かつて住んでいたのに、なんか新鮮な景色だったな。

 

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