その79/神保町裏路地あたり、『兵六』の「炒豆腐」

ほろ酔いの帰り道、空を見上げて満月だったら、
もう十五日か、今月も半ばかな、と考える。
まだまだ一月じゃない、まだ師走の十五日だ。
今年の旧正月は、ちょうどヴァレンタインデイ。
中華街や沖縄では、まだ時は旧暦で動いている。
上海の東亜同文書院出身だった平山一郎氏。
かの魯迅とも邂逅した氏は無一文で引き揚げ、
神保町の片隅に『兵六』という酒場を開いた。
鹿児島の人だから、酒は当然ながら芋焼酎。
芋は予め大きな薬缶で燗をつけ、白湯を添える。
そのほか、球磨焼酎、麦焼酎も揃えてある。
しかし、客の殆どが頼むのは無双、芋焼酎だ。
三代目の甥っ子が店を継いだ現代の『兵六』は、
ビールも注文できるし、女人禁制でもない。
しかし、凛とした空気は初代の頃と同じだ。
客の誰もが衿を正して、きちんと酔っぱらう。
上海仕込みの中華の類いがアテに揃うのもいい。
「炒豆腐(チャーどうふ)」は野菜と豆腐の炒め物。
キャベツと豚肉、玉葱と豆腐の飽きない美味だ。
鰯の胡麻漬、酒盗、丸干し、青唐辛子豆腐と、
焼酎をぐいぐい進ませるアテが目白押しだが、
『兵六』では一人三合までという暗黙の戒律がある。
ここでは人に搦む輩、愚痴をこぼす者もいない。
皆、『兵六』という空気に敬意を表して座っている。
壁にずらりと並ぶ色紙も、芸能人たちではない。
林芙美子に、高村光太郎、壺井繁治、吉井信子。
どれもが昭和を代表する文人たちの達筆である。
「秋が来て/友の差入れてくれた/林檎一つ
掌(てのひら)にのせると/地球のように/重い」
思想犯・壺井繁治が獄中で詠んだ詩を読むたび、
いつも目頭が熱くなり、芋焼酎をぐっと飲み干す。

酒場は身銭を切って学ぶ場、男たちの学校だ。
円周率も九九も、女たちの捌き方も習えないが、
真っ当な人生で必要なものの殆どすべては、
酒場の喧噪の中に、無造作に放り出されている。
その真偽の程を確かめたければ『兵六』の末席に、
静かにおとなしく、腰をおろしてみることだ。
腹が減ったら、皮から手作りした餃子もある。
ただより安く良心を売り渡す勇気などいらない。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。