その39/十貫瀬社交街跡、『黄金』の「餃子」
昔懐かしいテイストの餃子をほおばりつつ、
宮古の唄にこの身がとけてゆく……。
今回もまた、どこか切ない沖縄のアテを。
忘れられゆく地名、忘れられゆく街をとめどなく歩く。
那覇の長い夜、桜坂でたっぷり泡盛を仕込んだら、
沖映通りを歩き、十貫瀬(じっかんじ)の辻に入る。
崇元寺から久茂地川を越え、川沿いの一本なかの道。
昔は那覇から首里へ抜ける唯一の道だったらしい。
そして、沖縄を代表する大歓楽街がそこにあった。
交渉成立と同時にドアの内鍵を閉める小さなスナック。
今もその面影の中、たまに何軒かの店に灯りが見える。
そば付きで1ドル、かつては男たちが列をなしていた。
東京・吉原の天麩羅屋や蹴飛ばし(馬肉)屋のように、
欲望の街には精がつくおいしいアテが必ず見つかる。
男たちはまず腹ごしらえをしてリキをつけてから、
好みのジュリ(遊女)たちに意気揚々と会いに行った。
更地とマンションが目立つ十貫瀬社交街跡の片隅、
夜中になってもついている小さな看板が見える。
『黄金』という名の小さな手作り餃子のお店だ。
作りはスナック、オバアが一人で切り盛りしている。
酒棚には「菊の露」や「多良川」などの泡盛が並んでいる。
なるほどと思い、ジュークボックスで宮古民謡を。
「あらあ、お兄さん、宮古の唄、好きですか?」
餃子を包んでいたオバアが嬉しそうに話しかける。
ニンニクがたっぷり入った餃子は皮も手作り、
なんだか懐かしくておいしい味が涙腺をくすぐる。
子供の頃、ウチの近くにあった餃子屋の味だ。
満州から引き揚げたおばあちゃんがやっていた。
かつての社交街で青春を1ドル札に変えた女たち、
彼女たちの多くは八重山などの離島出身者……。
パラダイスに見える沖縄という島にも差別はある。
もちろん、本土に出れば差別はなおさら強くなる。
ニンニクの匂いで一杯になりながら人間を思う。
違う肌、違う言葉、違う匂い、人はどうして、
いつまでも愚かな差別や戦争をやめないのだろう。
4曲100円のジュークボックスで次は何をかけよう。
餃子を食べ、泡盛を飲み、オバアと静かに話す。
十貫瀬の「瀬」という字から想像されるとおり、
このあたりは昔、ずっと海が続いていたという。
埋め立てられ水は涸れても、人の心は変わらない。
そして、涙の海はいつまでも涸れることはない。
モリさんの見る沖縄は、なぜそんなに切ないんだろう。聞いてみたいなあ。(T.T.)

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。