その41/屋富祖交差点あたり、『祖冨屋』の「そふやピザ」
沖縄ブルージィシリーズ、
今回のアテは、屋富祖にある祖冨屋。
夏の悲しさを教えてくれた人のお店です
飛行機を降りたとたんに、ムーッとした熱気に包まれる。
商談に来た営業マンたちに明日からの労働意欲を喪失させ、
限界露出のリゾート女子たちに期待感の熱い火を点火する、
あの、沖縄の熱気がなぜだかちっとも感じられないのは、
残暑地獄の本島全体が沖縄よりも発熱しているせいだ。
北極の氷は溶け始めている、地球は終末に向かうのだろうか。
江戸前の海を埋め立て、汐留にビルが建ち並んだ頃から、
東京には風が吹かなくなった、汚れた澱だけが吹きだまる。
しかし、沖縄にはいつも爽やかなアジアの風が流れている。
そう言えば浦添のキャンプ・キンザーが返還されるらしい、
極東随一の総合補給基地であるキャンプ・キンザーは、
基地と言っても、巨大な倉庫や兵舎が建ち並ぶ場所だ。
そうだ、ゆみさんに会いに行こう、赤い焼きそばが恋しい。
キャンプ・キンザーを左に、屋富祖の交差点を右折すると、
しばらくすると『祖冨屋』という赤いネオン管の灯りが見える。
でも、入り口は通りにはない、やっと通れるくらいの脇道を、
体を横にしながら建物の裏口に廻ると、ようやく玄関口。
その、容易には入りにくい入口が店の客と店の品位を保つ。
まず一見さんは入って来ないし、酔っぱらいには入れない。
だからこそ、どこにもない安心感と幸福感が店に漂う。
僕が初めて出会った頃、ゆみさんは会社の秘書だった。
ビーチパーリーに、黒のエナメルのヒールを履いて、
太陽が沈むまでは、決してテントの外に出なかった。
彼女だけではない、沖縄の女性たちは全員が長袖、
ビーチでビキニ着て遊んでいたのは、本土組だけだった。
夕陽を見ながら石垣牛を焼いて、島酒の酔いが廻る頃、
沖縄のコたちは絶好調、本土女子は焼けた肌に泣いていた。
それから2年後、ゆみさんは待望の店をオープンした。
地名を逆さにした店名、楽器がいっぱい、料理は抜群。
いろんな夢の途中にいる女のコたちが日替わりでバイト。
当然、すぐに満員、那覇からもわざわざ客がやって来る。
ワンタンの皮を使ったピザにはスーチカ(豚の塩漬け)と、
フレッシュトマト、カリカリとした食感で酒が進む。
創意と愛情に溢れた料理はどれもおいしいし、安い。
〆には中部ならではのケチャプ味の沖縄焼きそばがいい。
いや、まだまだだ、珊瑚礁の古酒をもうひとつ貰おう。
まわっていく酔いの中で、懐かしい声がハートを叩く。
「チカのカは、香りじゃなくて、夏なんですよぉ」
夏の悲しさの本当の意味を教えてくれたあの声の主。
山に包まれた彼女の街は、今ごろ熱帯夜の中だろうか。
天気予報を見てると、那覇より東京のほうが気温が高かったりするんですよね。本当の夏はどこに行ったんだろう? (T.T.)

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。