その81/えびすストアあたり、『こづち』の「肉生姜定食」

あのエイプリルフールから、一ヶ月のあいだ。
何にも手に付かなかった、飲めばひどく酔った。
奈美ちゃんが死んだ、新宿ゴールデン街の姫。
毎晩通った「カポシャール」の後、独立して、
「テットアテット」という自分の城を築いた。
ロックンロールと酒と生意気なガキが大好きな、
生涯でたった一人だけの年上の女友達だった。
黒岩奈美死亡、冗談がキツ過ぎる四月一日…。
朝まで飲んで花園神社裏にゴミを出して、
二人で明治通りをタクシーで飛ばした。
目的地は恵比寿駅裏の屋台「由紀子」だ。
ケセラの一作さん、絵師の遠藤くん、イトミ。
通勤するサラリーマンたちを肴にして、
みんなでお昼近くまで、飲んで盛り上がった。
そして、昼になったら歩いて『こづち』へ。
赤星のサッポロビールを飲みながら、飯だ。
「肉生姜定食」は、普通の生姜焼きとは違い、
トンカツにするような分厚い豚肉を一枚、
焼くんじゃなくて、生姜味の煮汁で煮てつくる。
ビールも、どんぶり飯も、がんがん進む。
煮えたぎった味噌汁の中、とろけて黒い若布。
大量にぶち込まれるケミカルな調味料の嵐。
おいしさのセオリーをことごとく無視した、
これこそが日本の定食屋のあるべき姿だ。
ときどき、カウンターで眠りそうになり、
司令塔のジダンに突っ込まれながら、
アルコールでいかれた胃袋に飯をかっ込む。
ついでに肉ニラ炒めも頼み、持て余して、
もう一度、遠藤くんを呼び出しては、
さらにまた、赤星ビールを追加してしまう。
そのまんま、二人で近くの友だちの家で寝た。
夕方から深夜まで原稿を書きまくると、
ようやく店を開けた奈美ちゃんに会いにいく。

「由紀子」のおゆきさんは買い出しの明け方、
長距離トラックに飛び込んで行って死んだ。
おでん屋台の軽トラは木っ端みじんに散り、
たった一人立ち退かなかった女傑の死後、
あっという間にアトレ恵比寿ができ上がった。
その後の恵比寿はいけ好かない街になったが、
闇市のムードを残すえびすストアと『こずち』
その二つがかろうじて残る恵比寿の良心だ。
今夜は久しぶりに肉生姜と丼飯を食らおう。
悲し過ぎたエイプリルフールから卒業するため。

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。