ISHIZAWA,Branding Heaven/念! Tokyo.

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近代都市、たとえばニューヨーク、たとえばロンドン、たとえばパリ、そしてたとえばこの東京においても、いわゆる現代建築のはざまに生きるボクたちの眼前に、周りの環境からはある種の"異物"とうつる「昔から変わらないもの」が突然現れることがあります。そして多くの場合、それがとても魅力的で、その存在がその街や場所の魅力を一層深いものにしてくれることがあります、よね。
それを瞬時に解釈する人間の能力ってまたすごいな、なんてことも思うのですが。

さて、そんな「昔から変わらないもの」の中には、高層ビルに囲まれた古い民家だったり、教会だったり、道の傍のものたち(日本だったらお地蔵さんや古い郵便ポスト!)があったりしますよね。

そして、人、もそのひとつだったりします。ニューヨークでアーミッシュの人たちを見かけたりしたこと、ありませんか?

先日、銀座で見かけたこの托鉢の僧侶は、銀座を急ぎ足で歩くビジネスマンや買い物の人々、そして外国からの観光客たちにどう映ったんでしょうね。

ボクたちは、「変わらないもの」を目で見て、その姿をたぐって心の中の「変わらないキモチ、価値観」の表面をそっと触ろうとしているのかも知れませんね。ちょっとびくびくとしながら。だから、海外で始めて見るそうした「変わらないもの」を見てもなにか安心できるのかも。

確かなのは、そういった"異物"を受け入れる街や、そうしたキモチを持った社会の方が豊かに思える、ということなんではないでしょうか?

ちなみに......、ボクはこの後ろ姿をとっさに撮って、ちゃかちゃかと地下鉄に入っていったのですが、その僅かの間にこの僧侶にお布施を手渡していたのは、全く別々の3人の妙齢の女性たちだけでした。

もっとも"異物"を受け入れて、そこに触れようとする豊かな余白を心の中にを持っているのは、こうした女性たちなのかも、知れませんね。反省......、今日も......、また反省。
(2012年5月10日)



石澤昭彦さんのブログ
『Latte in Fresh』

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