ホノルル、そのすべてのはじまり/その1
突然のことで意味不明だと思いますが、私タムラトナオ、あのホノルルマラソンに出場します。フルです。抜き差しならぬ42.195キロであります。なぜそんな大勝負に出ることになったか、ちょっと長めの物語ですが、よかったら聞いてください。
なぜ走ろうと思ったのか?
それは心のほころびをごまかしたかったからさ。
by T.T.
今年の1月ごろだったと思う。まさにその場の思いつきで、僕はこんなことを口走ったのだ。
「タムラトナオとランニング娘! という企画はどうなの?」
友だちの同業者にジャック高橋くんという、ハーフでもなんでもないくせにカタカタ名前の男がいて、彼は枻出版社で『クラブハーレー』というハーレーダビッドソン専門誌の編集長を長く務めている。
この男は自分の興味を本にする、そういう意味では趣味誌編集者としてごくまっとうな仕事人で、2004年に初参加したホノルルマラソンに感動した勢いを、翌年6月の『ランニングスタイル』という、ビギナー向けの専門誌創刊に結びつけたりする。
僕もまた他人のことをとやかく言えないほど、身の回りの興味を仕事に結びつける習慣というか性癖がある。だから、ジャックのやることがそれとなく気にはなっていた。
でも、さすがにランニングには興味がわかなかった。ただ走ることが、それほどおもしろいとは思えなかったのだ。自分でやりたいスポーツと言えば、ほぼ球技。しかも団体競技。個人で黙々と記録を目指すなんてストイックさは生まれつき持ち合わせていなかった。
なのになぜジャックに向かって、「タムラトナオとランニング娘! はどうなの?」と口走ったのか?
『ランニングスタイル』創刊号。2005年6月発売。
そのころの僕は、長く続けていたある仕事が立ち行かなくなりつつあり、実はかなり精神的に参っていた。ほころびは、ほとんど繕えない状態だった。だからたぶん、何か新しいことを取り入れて、やり場のない気持ちをごまかしたかったのだろう。
それなら自分ひとりでランニングに挑戦すればいいのだが、そこはそれ、僕も仕事人だから企画をぶち上げずにはいられないのだ。「ランニング娘!」というオマケをつければ、スケベ根性のあるジャックだって聞く耳を持つに違いない。と、そう踏んだのは、僕なりのスケベ根性でもある。
「はぁ? どうなの? って、意味わかんないっすよ」
それがジャックの第一声だった。さらに「娘は自分で探してくださいよ」と、にべもない冷ややかなセリフをつなげた。
そりゃそうだなと思った。もし僕が瀬古選手や宋兄弟のようなマラソン界の有名人ならともかく、陸上競技界ではノミほども知られていない人間が先頭に立ったって、企画としての価値は薄い。「瀬古選手とランニング娘!」という企画が成立するかはまた別の話だけど。
そうしてその話は冗談として流れた。僕もやがて忘れた。
けれど5月の半ば過ぎ、事態は急変した。
「あの企画、やりますよ」
どの企画かすら思い出せない僕に向かって、ジャックは言葉を続けた。
「ホノルルマラソン、出てもらいます」
今度は僕が「はぁ?」と言う番だった。(つづく)
