“ホノルル”直前インタビュー(1)

もっとも身近なホノルルマラソン経験者(しかも2回!)の「ランニングスタイル」編集長のジャックさん高橋さん(J.T.)に、出場の経緯を尋ねました。


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最後まで迷ったエントリー

T.T. なぜ“ホノルル”を走ろうと思ったんですか?
J.T. モテると思ったからです!
T.T. きっぱりと言うね。
J.T. これがね、モテるんですよ。酒の席かなんかで、それとなく「フルマラソン走りました」とか言ってみると、「すご~い」って驚いてくれますから。
T.T. 真顔でそういう発言をしていいのかな、編集長が。

J.T. 実はやせたかったんです。
T.T. それも下心の表れじゃない?
J.T. 僕はハーレーダビッドソン専門誌「クラブハーレー」も制作してるんですが、ある日ハーレーにまたがった自分の写真を見て愕然としたんです。なんだ、この太ももは! って。T.T. 当時の体重は?
J.T. 96kg。ランニングがほぼ日課になっているいまは85kgです。ね? そうしてスマート&ヘルシーになったら、モテないはずがありません!
T.T. 君がモテてるところを見た覚えがないけどなあ。

J.T. 本当のきっかけは、弊社のデザインチームが中心となったランニング部が結成されたことですね。で、何の脈絡もなく「○日までに入稿作業が終わらなかったら強制入部。マラソン大会に参加すること」と決められちゃった。そして見事に終わらなかったので、一方的な約束を守るハメに陥りました。マラソン大会というのは、2004年2月の新宿シティハーフマラソン10kmの部です。
T.T. 強制的とは言え出場が決まったときの気持ちは?
J.T. たかが10kmだろ? が正直な最初の考えでした。昔から長距離系が得意なつもりだったから、楽勝だと思ったんですよ。ところがトレーニングで駒沢公園の外周路を走ったら、たった2kmでヘトヘトになった。驚きましたね。驚いたといえば、大会当日の人の多さ。スタート地点の国立競技場に集まったランナーは約5千人。世の中にはこんなに走るのが好きな人がいるんだと、未知の世界にただただ呆然としましたね。

T.T. 初の大会はどうでしたか。
J.T. 記録は57分。吐きそうでした。くるくるパーマのおばちゃんとかがさーっと抜いてゆくんですよ。追い越しざま、「頑張ってね」と肩を叩かれたり。このときの悔しさと、ランニングに対する無知が、「ランニングスタイル」創刊の原動力になりました。


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T.T. はじめてホノルルマラソンを走ったのは、そのくるくるパーマのおばちゃんに置いてきぼりにされた2004年でしょ。10kmでさえ苦しかったのに、なぜフルマラソンを?
J.T. 初大会の屈辱で、ちゃんと走れるようになりたいと思い、ひとりトレーニングに励みました。そしてハワイが好きな僕は、せめて1年後には“ホノルル”に出ようと、そう心に誓ったんです。でも、2004年の12月に「クラブハーレー」の仕事でハワイに行くことが決まって、予定の前倒しだけど参加してみようかなと思ったんです。
T.T. 計画的なようで、実は偶然が重なったんだ。

J.T. ホノルルマラソンって、本番前日までエントリー可能なんです。だから大会2日前に現地で書類を書いたんです。本当に手軽です。ただ、ギリギリまで迷ってました。
T.T. それはどうして?
J.T. トレーニング不足が明らかだったから。フルマラソンを走れる実力なんて、まったく身についちゃいなかった。不安でしたよ。でも、ランニングの楽しみが少しずつわかりかけてきてたし、ランニングの専門誌をつくりたい気持ちも芽生えていたから、完走より経験を重視して出ちゃったんです。ま、ノリですよね。
T.T. そういう思い切りも大事ではあるよね。
J.T. スタートは興奮しましたね。朝5時だからまだ暗いんだけど花火なんか上がっちゃってね。2万人を越える人が同じゴールを目指すんですから、もう一種のカーニバルですよ。けれど、やっぱりナメてた気持ちに対してちゃんと罰が下るんです。20km地点で大問題が起きたんです。(つづく)


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