ホノルルマラソン リアルリポート(9)

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悪魔の万力


いまから思えば、それはスタートした時点ですでに予定されていたのかもしれない。あるいは、マラソン経験皆無でいきなりフルを走ろうと決めた瞬間からセットされた、精巧で気の長い時限爆弾だったのかもしれない。
でもとにかく、それがやって来たときには、ただ理不尽だと思ったのだ。

悪魔が来たりてヒザを絞る。

20キロを越え、ハワイカイの街に入った直後に感じた、「しん」というヒザの痛み。それは、ホノルルのために練習を積み重ねた日々に起きた症状と、よく似ていているようでまったく別の種類だった。練習中の痛みは、ヒザの側面をじんじん痺れさす感じで、それでも足を止めなくて済む範囲で納まっていた。

ところが、30キロ手前あたり、区間で言えば帰路のハイウェイで襲われた痛みは、両足のヒザをいきなり絞り上げ、走る気力をまるごと奪ったのである。

ちょっとしたパニックだった。上半身、特に心肺は何の問題もないのだ。なのに足だけが言うことを聞かない。どこかのタイミングで書いたかもしれないけど、マラソンで最初に、かつ決定的に白旗を上げるのは心肺機能だと思っていた。胸が苦しくなって、歩き出す。そうだとばかり考えていた。
だからよけいに焦ったのだ。まさかヒザから崩れるとは……。


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周囲を見渡すと、路肩で立ち止まっている人があちこちにいた。その半数くらいは、半ば苦悶の表情を浮かべながらストレッチをしている。誰もが同じような境遇にあるのだろう。僕も彼らに倣い、ヒザの再生を願って屈伸を繰り返してみた。
そして恐る恐る走り出してみる。

いけそうか? と思った瞬間、悪魔がヒザを締め付ける。今度は万力を用意したみたいだ。僕のヒザを両側から挟みこんで、ハンドルをきりきり、きりきり……。

痛みに耐えかねて走るのをやめると、悪魔はすっと姿を消す。走るときだけ、きりきり、きりきり……。

やがて僕は歩き出した。そうするほかになかった。どう見ても僕より高齢のおばさんが、淡々とした走りで横をすり抜けてゆく。焦り、怒り、嘆き。どうしようもないほど情けなく、あまりに悔しかった。

こんなところまで、歩きに来たんじゃない。そう口に出して再び走り出すと、きりきり、きりきり……。
悪魔は僕の背後に回って姿を隠し、軽々と万力を操っているみたいだ。


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