ノーカントリー (0044本目)
オスカーに値する役者魂
先日のアカデミー賞授賞式で最多4部門でのオスカー獲得を果たした、コーエン兄弟の『ノーカントリー』。当初予定されていたプレス試写をすべて見逃し、「やれやれ、映画館で観るっきゃないな」となかばあきらめていたのだが、アカデミー賞獲得で注目が一気に高まったせいか、急遽、追加で試写がたつことになり、本業そっちのけ(?)で試写室へ足を向けた。
この映画、アカデミー賞の前哨戦の段階からあちこちで書かれ、語られていたので、あらすじをご存知のむきも多いかと思うが、簡単にまとめるとこんな感じだ。
ある日、狩りをしていた男が大量のヘロインと200万ドルの大金を発見する。その後、その男は大金を持ち逃げしたため、ハリウッド史上トップ5には入ろうかという冷酷無血の殺し屋、アントン・シガーに追われる羽目に陥る。
その殺し屋を演じたのがハビエル・バルデム。この役で助演男優賞を獲得したのだが、アカデミーでの受賞のスピーチを聞いていて思った。
「あ、この人、スペイン系かぁ」
“ハビエル”という名前からも想像できるが、なんと言っても英語がスペイン語なまりだったのだ。この「なまり」はかなりの曲者で、よっぽど語学が堪能な人でない限り、たとえ英語のボキャブラリーが優れていても、発音は母国語の発音を引きずることになる。
たとえば中国系の人が話す英語は、何の予備知識もなく初めて聞くと、文字通り中国語にしか聞こえない。僕がロンドンで学生時代を過ごしていた頃、クラスメイトに中国系の学生が何人かいたのだが、当初彼らと話しているといつもこう思ったものだ。
「いやー、中国語で話されても、日本人の僕にはなんのことだかわからんよ」
しかし、そう思っていると僕に話しかけてきた相手は怪訝な顔をしてこう切り捨てる。
「何だ、お前は英語ができんのか!」
まぁ、そのくらいのなまりの強さなのだが、このなまりに関しては、ハビエルもそうだし、中国人もそうだが、日本人も残念ながらそうだ。たとえば、例は映画ではなく音楽なのだが、イギリスのテクノユニット、アンダーワールドのどのアルバムだったか、曲のエンディングに独白(?)が入る曲がある(←すみません、どのアルバムのどの曲だかすぐ思い出せません)が、その独白の英語は明らかに日本人がしゃべる英語なのだ。
どこをもってそうわかるのかなかなか言葉にして説明しにくい。だが間違いなく日本人だ。そう、レヴィ・ストロースの解く構造主義を援用するまでもなく、明らかにそこには日本人の大勢に共通する構造が存在する。
そこで原点に返って、『ノーカントリー』のハビエル・バルデムなのだが、映画の中ではスペイン語どころか何のアクセントも感じさせない語り口だった。まぁ、確かに、冷酷極まりない殺人鬼が、たとえば「実はズーズー弁でした」というのでは、なかなか腑に落ちないものがあるのも確かだが、「英語を完全に自分の言語として話している」感じは、オスカーでのスピーチを見た後ではちょっとした驚きだった。
なんでもこの映画の宣伝を担当している人に聞いたところでは、どこの国・地方のアクセントを持つこともなく、その出自を不明にすることにより殺人鬼としてのキャラをより鮮明に立てるため、血もにじむ英語の特訓をしたとか。
「なるほど、オスカーに値する役者魂とそういうことか」
そう思う一方、同時に不謹慎なのは承知だが、こう思ってしまった。
「ときに、その髪型、どうなんですか?」
いやだって、ふかわりょうですよね? どっから見ても?
3月15日(土)より全国上映中
公式ホームページ:http://www.nocountry.jp/

それぞれの「引き出し」を
つくっているのはこんなひとたちです。