No-Shi
決定的なダメージによって二度と意識は戻らなくても、
生命そのものは維持しようとする。
人間の脳はなんてタフなんだろうと思ったんです。
お医者さんはそうは言わなかったけれど、どう見たって脳死状態に
陥った父親の脇で数日間過ごしたことがあって、
とにかくそれはなんとも不思議な時間でした。
涙をこぼすんですよ。
もはや父親に泣くという感情は閉ざされているから、
いわゆる物理的な生体反応としての水分があふれただけなんです。
そんなふうに冷静に観察する一方で、
しかし死んだ人を目の前にしている意識は持てませんでした。
現実にあったかいしね。
とは言え、目の前のベッドで横たわっている父親は、
かつて見たことのない存在でした。
なんというか、あのときの父親、という他にないのかなあ。
暗い話や重いテーマを語るつもりじゃありません。
ただの実体験として聞いてもらえたらいいなと思います。
先週の国会で、移植を軸にした法案の投票が行われましたね。
その行方によって死の定義が変わるんだそうです。ふむ。
僕の意見としては、法によって選択肢が増えるのはいいことで、
その上で個人の意思が反映される状況になればいいと思います。
いずれにせよ誰にも等しく訪れる死において、
希望、失望、期待、後悔、躊躇、決断もろもろ入り乱れながら
考えるのは、常に残された人たちなんですよね。
