170/恥を知る

些細なことと言えばそれまでですけど、いやしかし、久しぶりに恥ずかしかった。

某編集部でデスクワーク。しばらくしたら、僕と同じような立場の外部スタッフが
来ると聞かされていたのが、この話の前振りです。
そして30分後、その顔馴染みの女性スタッフの声が遠くから聞こえてきた。
僕は机の上の書類から目を離さずに、声のするほうに手だけ振って応えてみせた。
すぐ近くまで歩いてきた気配を感じたので顔を上げたら、まったくの別人......。

カーッと顔が赤くなりましたね。手を振られたご本人は何のことやらさっぱりってな
顔されてましたが、何もつっこまれないことにまた恥ずかしさが募り、
耳が血流で破裂しそうでした。

ここ数日、恥という字について考えていたんです。
耳と心。人は羞恥心を感じると耳が赤くなりますけど、それを表してんのかなあ、
それとも別の意味があるのかなあ、なんてね。

自ら進んで恥をかこうとする場合は、心も体もそれを恥とは認識しません。
それが正の恥であるなら、素で恥ずべき行為をするのは負の恥ですね。
この場合は何の準備もしてないから、顔や耳が赤くなり、「こいつ恥じてるな?」
という心の動きが周囲に丸わかりになります。

新渡戸稲造さんは『武士論』のなかで、「恥はすべての徳の始まり」と述べたそうです。
また孔子さんは『論語』で、「悪から善に向かわせる力が恥」と説いたそうです。
それらを統合し勝手に納得すると、もっとも恥ずべき行為は恥を知らないことでしょう。
耳と心が直結して恥を覚える内はまだよし、ということかなあ。

でも、知らなかったとはいえ若い新入社員の女の子に手を振る
五十手前男ってのもねぇ、本当に恥ずかしいよねぇ。
ルックアップ、アラウンド! これ、ホッケーの基本です。
まずは顔を上げよ。そしてオレ、恥を知れ!


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名は存じませんが、朝からピカピカの花でした。