170/WOMAN

楽しむ、という言葉、たぶん男はよくわかってないんじゃないかと思うんです。
いや、楽しみ方は人それぞれなんだけれど、楽しみの本質は女の人のほうが
よくわかっているような気がします。そうだな、たとえばマラソン。

男女問わず、世界記録樹立を目標にしたなら話は早い。そのための練習メニューは
立てやすいし、場合によってはあきらめることも簡単だったりする。
でも、走る人すべてがオリンピックを目指すはずがなく、
自分なりの目標や誓いを立てて、時に大会に出たりするんですけど、
そんなときたいがいの男子は記録を最優先させがちです。4時間を切ってやる、とかね。
それをサブフォーと呼ぶんですが、そういう明確なゴールがあると、
言い方によっては楽しめるわけです。

もちろん女子だって記録を想定するでしょう。ただ、そればっかりじゃない。
こんなウェアを着て参加したいとか、大会開催地のおいしいものを食べたいとかね。
そんなふうにして楽しみをどんどん広げることができる。
そこは本当に謎なんですが、男子にとって主題のマラソンで仮にいい記録が出せなくても、
「楽しく走れたからOK」と言えるでしょ。
「景色がキレイだったし、沿道の応援に感動したし」とかさ、スゴいよね。
男子でそうよろこびながらゴールした人を僕は知らないなあ。

そうした男女の感覚の違いについていろんな方が分析しており、それに触れるたび、
自分の言葉に翻訳したいと思うんだけど、難しいねぇ。
「出し切らずにはいられない男」と「受け入れることが得意な女」。または
「極めずにいられぬ男」と「極めることに意味を覚えない女」。
どうかなあ? なんか違うなあ。

ふたつだけ言わせてください。男だ女だと区別したがるのはたぶん男だということ。
そして、男の僕は女の人の楽しみ方に憧れているということ。
あ、もひとつだけ。それは間違いなく永遠に手に入らないと確信していること......。


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大雨切り裂き、のぞみは西へ。