「それはパーポォね」

小さな子供(およそ3歳前後)と仲良くなるために大事なのは、
彼らが抱く興味に自分の興味を同調させることなんじゃないかと思うのです。
それはたとえば何度も再生される『プリキュア』の録画をいっしょにながめる
だけではなく、登場人物の名前すべてを覚えられるよう真剣に見る、という感じ。

かと言って子供の感性に自分のそれを完全シンクロさせられるわけじゃありません。
それは無理なのです。だから『プリキュア』に出てくる色で特徴を分けた女の子たちに
向かって、「オレはショートカットのムラサキの子が好きだなあ」などと、
あえて大人の自分の好みを口にしてみる。すると「それはパーポォね」てな具合に、
部分的であれ彼らほうから同調を試みてくれます。

そんなふうに子供と同じものをながめていると、お母さんは「遊んでもらってよかったね」
と言います。それを聞いた子供は「うん、よかった」とは答えず、
たいがいはきょとんとします。それはおそらく、「遊んで」いるのは確かだけど、
「もらって」いる意識はないからじゃないでしょうか。
こちらにしても「遊んであげている」意識はないんです。
というか、「あげている」的見下し感覚を持ち込むと同調できません。
友だちになるってそういうことですよね。友人関係は上下ではなく横のつながり。

そう、つまり僕は彼らと友だちになりたいんです。なので、なかば同調してきている
段階で「遊んでもらってよかったね」などと親御さんに言われると気恥ずかしくなります。
もはや「遊んでもらって」いるのはこちらかもしれないから。
『プリキュア』、けっこう楽しめちゃったもんなあ。