秘密の限界

第二次世界大戦時、日本軍の占領下にあったインドネシアでユダヤ人だけの
抑留所があったという。ユダヤ人に向けた迫害と言えばナチスだろう。なぜ日本軍が?
と思うのだけど、そのユダヤ人抑留所に入れられたオランダ人の女性の証言があり、
詳細な経緯はともかくそういう事実はあったようだ。

同じく戦争末期、本土決戦を想定した秘密基地が比叡山に建設されたという。
配備される予定だった一人乗り小型ロケット機の桜花は、
それ自体がミサイルとなる特攻兵器。
軍による公式資料はないらしいが、桜花を飛ばすためのカタパルトなどを撮った写真が
つい最近発見され、秘密基地の存在が今後注目されそうだ。

という二つのニュースは、戦争の記憶が濃い8月を目前にしていることもあり、
非常に興味深いことだと思いました。でも僕が率直に感じたのは、秘密の限界です。
都合の悪さを理由に殻に閉じ込めた事実は、いつの日か殻を破って
芽を出すようにできているものなのでしょう。秘密にして保持するのにも限界はある。
発芽までにはそれぞれ異なる時間が必要なのだろうけど。

そう考えると、この世界には芽を出さんとする事実を包み込んだ
秘密という名の殻がそこら中に落ちているような気がする。
それと気づかず蹴り飛ばしていることが多いのかもしれないけどね。