どうしようもないわたしが......

種田山頭火をご存知ですか? 「ラーメン屋さん?」なんて答えられたりもします。
五七五や季語といった俳句の定型性をまったく無視した自由律俳句の才人です。
自由律俳句って、歌のフレーズみたいな感じですよ。

山頭火は、生きるのが無類に下手でした。
10歳のときに母が自殺。事業に失敗した父は失踪し、借金苦の弟も自らの命を絶ちます。
山頭火自身も神経症を患い、いくつかの仕事を始めるもすべてうまくいかず、
妻からが離縁上が届き、酒に溺れ、やがて何度か自殺を図ります。
けれど彼は死ねませんでした。禅寺に放り込まれ、托鉢の旅に出て、
7年の放浪の間に多くの句を残しました。
彼の言葉は、彼の人生そのままに、行き場のなさに満ち満ちています。

真っすぐな道でさみしい 
捨てきれない荷物の重さまへうしろ 
水音しんじつおちつきました 
ともかくも生かされてはいる雑草の中 

僕がいちばん好きなのは次の句です。

どうしようもないわたしが歩いている 

山頭火の句を思い出すときというのは、心が弱っている場合が多い。
ゆえに山頭火の精神状態にシンクロしやすく、いとも簡単に落ちていく。
できれば気持ちに余裕があるときに読むことを勧めます。いや本当にヤバいです。

今から73年前、1940年の今日、前年につくった一草庵で山頭火は亡くなりました。
享年58歳。彼の人生が不幸そのものかどうかは僕にはわかりません。
それは山頭火自身が決めるべきものです。

ほろほろほろびゆくわたくしの秋