要は贅沢な和食の話

和食がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたのは今月の5日でした。
すごくいいことだと思うんです。でも正直に言うと、ちょっとピンとこないんですね。
なんか身近すぎて。いや、料亭や割烹や由緒正しき旅館などで出される高級料理が
身近だなんて言ってるわけじゃなく、「今夜何食べたい?」なんて話になったとき、
「やっぱ和食かなあ」みたいな、そういう身近さが文化と呼べるのかという疑問です。

それを解決するひとつの要因は、和食の定義でしょうね。
然るべき腕前と経験をもつ料理人がつくるものが和食なら、
たとえ毎日割烹着を着るお母さんがつくる料理は和食とは呼べないのかもしれない。
だとしたらどうですか? 何か違和感がありますよね。
僕は今思い付きで書いています。
文化遺産の登録条件も、それに関わる和食の定義も調べていません。あしからず。

もうひとつ、和食の文化遺産登録がピンとこないのは、そもそも文化というものが
僕らに理解できていないからかもしれません。これも定義の話になりそうですけど、
まぁ要するに他の流儀や伝統と違うってことが明確になるからこそ、
ひとつの枠組みとして文化と呼べるものになるんだろうと思うんです。
洋食とは明らかに異なるから和食。アジアの中でも際立つから和食。

「なんてことより出汁のきいた味噌汁がうまけりゃいいじゃん」ってのも
ある部分で正解だし、そういう日本人特有の曖昧さが世界文化遺産の登録を
遅らせたというのも正論です。
また別の見方をすれば、海外からは文化と評価されるものを、そうとは気づかず
日常の中で気軽に飲み込んでいる僕らは、至極贅沢な民族なのかもしれません。
おいしい味噌汁が食べたいなあと思ったところから、こんな話になりました。