長いわりにどうでもいい思考 #1

「失ってからその大事さに気づく」なんて言ってくれる人、あるいは歌があります。
でも実際のところ、失う前にはよくわからないんですよね。
たとえば、そりゃ肉親は天地が引っくり返ろうとも大事な存在だってことは
誰だって知ってるけど、失う前にはあんなことやこんなことを平気で
言っちゃったりやっちゃたりするもんです。

そこで思うことのひとつは、どう大事にするかですよね。
親であればたいがい自分より先になくなるから、じゃしょっちゅう食事や旅行に
連れ出せばいいのかというと、親にだって都合があるからそれで大事にしたとは
思ってもらえないかもしれない。恋人にしたってそうですよね。
僕はあなたを大事に思っているんだと四六時中告げても、
それがうざったくて嫌われたりするかもしれない。
だから、大事にすること自体がまず難しい。

もうひとつ思うのは、失ってしまった物事が二度と元に戻らないとき、
僕らにまとわりつくのはその物事自体より後悔や喪失感といった感情だということ。
すべからくこの世のすべては消え去るもので、大事にしてもしなくてもそれは
宿命なのだから割り切っていけばいい。そうできたなら、あるいは楽かもしれません。
今ここにある存在を十分に機能させるなら。けれど感情がそれを許さない。
人間とは実にややこしい生き物です。

さらにもうひとつだけ思うのは、そうして様々な物事を失い、それで感情が揺らぐ
経験を積むことは、人間が人として生きる上でたぶん無駄じゃないということ。
後悔も喪失感も味わいたくないけれど、
「失うことの大事さ」もあるんだと気付いたりするわけです。
なんて堂々巡りな思考を、朝の電車の中で行いました。特に意味はありませんけどね。