押上

東京スカイツリーに行ったことがある人なら記憶の片隅に残っているかもしれません。
あの巨大な電波塔がある町は押上といいます。僕はそこ、17歳から20歳くらいの頃に
何度も通っていました。高校時代のクラスメイトが住んでいて、
その友人とも仲良くなったんです。で、久しぶりに行ってみました。
本題は近々実施される予定のスカイツリー取材の下見なんだけど、でもね、
押上の駅を降りて最初に向かったのは、あの当時一度だけデートしたことのある
女の子の家のあたりでした。

予想した通り、スカイツリー周辺はかつて何があったのか思い出せないほど
様変わりしていて、けれど駅前から数百メートルの地域はなぜ? と疑うほど
変わっていませんでした。いわゆる下町の押上は戸建てが多く、
家内制手工業を営んでいる小さな家が軒を並べています。あの子の家もそうでした。
記憶をたどり、このあたりだろうと思った場所はコインパーキングになっていました。
歳月とはそういうものです。ましてやその子に会いたいと思ったわけでもありません。
仮に奇跡的に会えるなら、やはり19歳の彼女でなければむしろ戸惑ってしまいます。
とは言えそれは間違いなく叶いっこない幻想ですから、会えなくていいんです。

ただ、その場に立って突然よみがえったことがありました。
たぶん最初で最後のデートで、僕は彼女に言ったんです。あ、前段を話さなくちゃ。
当時の僕は電車で1時間ほど離れている場所に住んでいました。
だからこんなことを口走ったわけです。「何かあればすぐ飛んでこられればいいのに」
そうしたら彼女はこう返しました。「何かあればすぐ飛んできてくれたらいいのに」
そんな科白を吐いた彼女の心情は今も昔もわかりません。
なぜ一度しかデートしなかったのかも今となっては思い出せない。
そう、そのデートって東京タワーだったんですよね。
奇妙な鉄塔つながりの、他人にとってはどうでもいい昔話です。赤面の至り......。