おふくろの味、父親の悲哀

もしかしたらそう遠くない将来に"おふくろの味"がなくなるのかもしれません。
食料品等のメーカーのCMなどで、女性またはお母さんのためにというような
メッセージを提示すると、最近は批判を受けるらしいです。
「料理は女だけがつくるものなのか?」「男性による家事や育児の参加はもはや当然だ」
ふむふむ。そうですね。そういう時代です。男が弱くなったのか女が強くなったのか、
そういう論争なんてのも意味をなさないと怒られそうです。
なので男の僕としては、それはそうですよねと、いささか弱腰な意見を提示しておきます。
となるとやはり、おふくろの味は確実に絶滅の一途をたどることになるのでしょう。
だって、おふくろだけじゃなくオヤジも家族のために料理をするなら、
子供にとってどちらが家庭の味になるのかわからなくなるもんね。

そしてまた同時に、料理ができない父親の悲哀もなくなるのかなあ。
ずいぶん前の映画だけど、『クレイマー、クレイマー』で妻に出て行かれた
ダスティン・ホフマンが、幼い子供のためにと朝食をつくるときの手際の悪さとかね。
あの場面、父親が料理上手で「ママなんかいなくたって平気だろ」と言ったら、
ストーリーはまったく違うものになりそうです。
うんと昔、母親が不在の際に父親がつくったコゲコゲのチャーハン、あれも不味かった。
でも、なぜか不思議とよく覚えてる。
「悲哀がなくなるんだからいいじゃない」という御意見もありましょうな。
それもそうですよねぇ。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。思い出のラーメンをたどる小さな旅のお話。