そして僕は鍋が食べたくなる。

冷たいものが常温になるより、温かいものが冷めるほうが不味く感じるだろう? 
と、秋に恋し夏を嫌がる自分に問いかけてみるのです。
そうだよなあ。かき氷が溶けてもジュースみたいに吸い込むのは平気だ。
でも、冷めたラーメンに箸をつける気は起きないや。冷やし中華とは思えないしね。
おそらく人間というのは本能的に、冷めることに不安を感じるんでしょう。
自然の摂理を知った今では、秋になったくらいじゃさほど凍える恐怖を感じないけど、
そのわずかな怖さを感傷として、あるいは来る冬への警鐘にするのかもしれない。
冷める・覚める・醒める・褪める。どれもさびしい感じがするなあ。
そんなわけで今日は8月31日。月初は連続猛暑日の記録更新にうんざりしてたのに、
月末ときたら10月初旬の気温だなんて、気紛れにも程があります。
それくらい最近の気候は極端で、けれどその極端さも恒例となってしまえば、
半年後に「今年の夏は暑かったね」などと思い出せなくなるかもしれない。
素敵なこと、さびしいこと、うれしいこと、悲しいこと。大層なこと、何でもないこと。
来月になっても残暑に打ちのめされる日があるやもしれませんが、
8月最後の日になると、温度が冷め、青空の夢から覚め、浮かれ気分から覚め、
木々の色が褪めていくんだなあと、要するに感傷的になりますわね。
そして僕は、鍋が食べたくなる。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。彼の地初、キャンプ通信です!。