「大人だねぇ」

誕生日の前後、まぁひとつ歳を重ねたこともあったんだろうけど、
立て続けに「大人だねぇ」と言われました。ふむ、さて、どうなんだろうねぇ。
そういうセリフが飛び出した何人かとの会話でおよそ共通していたのは、
"理不尽な目に遭ったとき、「それはおかしい」と相手に言うべきか否か"でした。
あえて言わない。それが僕の答え。
何というか、そりゃもう僕だって大から小まで様々な理不尽と遭遇してきました。
かつてはその度に反発していた。でも理不尽を経験するたび、
それが理不尽とすら思わない人とも数多く会ってきたわけです。
なぜ反発するんだ? あんたのほうが理不尽じゃないかと反論されたこともある。
そういうのは本当にがっかりします。怒りと疲労は正比例です。
だから、よっぽどのことでなければ言い返さなくなった。
もしどうしても我慢できなければ辞退すればいい。それが経験で培った僕の覚悟です。
う~ん、そこまで潔くないか。時々は噴火してるな。
けれど噴火すると溶岩が冷めるまで後悔し続けなくちゃいけないんだよなあ。
五十を超えて、未だに大人がどういうものかわからないと言えば笑われるでしょう。
ただ、あらゆる理不尽を飲み込むのが大人だとしたら、それは嫌だなあと思います。
忍耐や我慢は大事。感情に任せて大声を張り上げるというのもさすがにみっともない。
確かに、歳を積むほど許せる幅は広がるのかもしれない。
でも、怒らない(怒れない)人間にはなりたくありません。
怒りの引き出しにいくつかの表現パターンを用意しておけるのが大人だというなら、
それは納得できる。そうありたいと願う。
僕のあらゆる引き出しは比較的がらがらなので、大人だと言われると、ねぇ。