そういうもんじゃない

誰もが即座に正解を思い出せないような話題が出るとすぐさまググる人がいますね。
あ、ググるという表現は今時的にダサいんだろうか? まぁいいや。便宜的に使います。
で、そういう場面に遭遇すると、僕には二つの感情が沸き上がります。
最初は「しゃらくせぇな」。次に「そういうもんなんだな」
何かを知らない事実に直面すると、僕は常に羞恥心と恐怖心に苛まれます。
無知がバレるぞって警報が鳴る。だからその場では何食わぬ顔でやり過ごし、
家に帰ってからこっそり調べる。もちろんググったりもする。
インターネットの利用を否定しているわけじゃありません。
ただ、その場ですぐにググっちゃうのは何かカッコ悪く、しゃらくさい気がするんですね。
知識というのは肉体に宿るもの。自分の中に取り込み、
比喩的であれ地や肉になってこそ使いこなせるのではないかと、そう思うのです。
その一方で、誰もがスマホを持つこの時代の知識というのは、
もはや体に宿らせる必要がないものなのかもしれません。
ただ、簡単に手に入るものは知識と呼べるんだろうか? それはただの情報ではないか?
ここで言う知識と情報の差異は、ある意味でニュアンスでしかありません。
それでもやはり、本当は実に興味深い知識がたやすく流せる情報として扱われてしまうと
とんでもない損失を生むのではないかと、その辺が心配になるわけです。
なんて話は例によって今日的にどうでもいい。もはや、そういうもんじゃない。
これは知識の在り様や使い方の話ではなく、要するに生き方の問題です。
それもまた今日的トピックじゃないね。面倒なこと、なんだろうね。