ハダカイッカン

ふと突然、僕の頭を単語がノックすることがあります。最近は、裸一貫でした。
「自分の体以外に頼るものがないことのたとえ」ですね。
単語自体を分解すれば、自分の体すなわち裸は一貫の値打ち、となります。
貫は昔の単位です。重さの場合は一貫=3.75キロ。軽いなあ。僕は十九貫くらいあるぞ。
通貨の単位でも使われていました。江戸時代中期は2万5000円くらいだったそうです。
ちょっと微妙。真っ裸でも1日500円なら50日は生活できるってことか......。
そうじゃないですね。
もしも生活や仕事の道具をすべて失っても負けずにいられるか、という話です。
その場合の裸、つまり体が資本または財産になり得るかを考えなきゃいけないわけです。
視覚的にイメージしやすいのはお相撲さんです。
廻しをつけてはいますが、仮に廻しがなくても強いお相撲さんは強いはずです。
肉体のガチンコ勝負には生まれ持った体格や体力によるものもあるでしょうが、
知識や経験を積み重ねれば自分より大きな相手を転がすこともできる。
となると裸一貫が諭す裸とは、
肉体以上に頭脳あるいは知恵なのではないかと、そんなふうに思うのです。
この人生、いつ裸一貫を迫られるかわかったもんじゃない。
そのときにオレは大丈夫か? 己の裸に自信が持てるか? 
ふ~む。とまぁ、そういう自問自答に迫られるのでした。
裸、かぁ......。