前進衝動みたいな

「悲しいのはあなたひとりじゃない」みたいな歌詞があるでしょ。
「だからだいじょうぶ」と続く感じで。
何がどうだいじょうぶなんだと、天邪鬼な僕は思ってしまうわけです。
だって、僕以外の誰かが同じような悲しみを抱いていても、僕個人の悲しみを
具体的に癒す術にはならないはず。って、それじゃあまりにも心がすさんでるな。
いやいや、共感が孤独を遠ざける大きな救いになることはもちろん理解しています。
たとえば、最近はたったひとりで切り盛りしている自営業の人たちと話す機会が多く、
彼らから自営業ならではの苦労を聞くと、業種は違っても悩みや不安は
変わらないんだと切に感じるのです。時の人となりメディアで注目された方も、
「来年どうなるかはわからない。毎年それの繰り返し」と語っておられました。
そんな話を聞くと、みんな同じなんだと知ってちょっとだけ安心感を覚えます。
けれど完全には落ち着かない。
なぜなら、みんなそれぞれ個人の力で悩みや不安と戦っているわけで、
極端なことを言えば、他人になどかまっていられないからです。
だから、共感から学ぶのは安心ではなく、おそらく勇気みたいなものかもしれません。
ちっともだいじょうぶなんかじゃないぞという、焦りにも似た前進衝動みたいな、ね。
なんでこんな話をしてるんだろ? 
そうそう、路線のどこかで起きた事故でダイヤが乱れ、乗っていた電車が時間調整のため
5分近くひとつの駅で止まっているとき、周囲を見渡しそんなことを考えたのでした。