ずんずん尊敬

尊敬について考えてみるのです。小難しくなく、平たく、自分なりに。
ある元日本代表監督がこんなことをおっしゃいました。
「そこに勝負があるなら絶対に勝ちに行かなくてはならない。
ただし、相手への敬意を忘れてはならない」
こりゃ深いですよ。ってか難しい。
自分たちが絶対勝つということは、相手が絶対負けるということですよね。
勝敗がついた瞬間、勝った者は負けた相手を見下しかねないじゃないですか。
なのに敬意を払うことなどできるんだろうか? 
元監督はこう言います。
「自分たちと同じように相手も絶対勝ちたいと思っている。
その気持ちを理解することで尊敬の念が生まれる」
ということは、相手を察することが尊敬なのでしょうか。ふむ。たぶん、そうですね。
平たく言えば、僕が願うことは相手も願うだろうから、それをどうでもいいと思ったら
僕の願いの価値も下がる、ということです。それはやっぱり受け入れ難いですよね。
尊敬というと、自分にできないことができる人に向ける意味合いもある気がします。
そこにフォーカスしちゃうと、へりくだったまま卑屈な感情が生まれそうですよね。
そうではなく、自分にもできること、自分でもしたいことを相手も考えているんだと、
そのくらい他者の思考を自分に引き寄せれば、もっと簡単に尊敬が生まれるのかも。
互いが気持ちよく生きていく術のひとつなんだろう。
なんてことをスマホから目を離さず、ずんずん電車に乗ってくる人を見て考えました。
尊敬尊敬......。オレはずんずんしてないか?