小心者の冒険

何かにつけ僕は、少なからず過去に縛られて生きているみたいです。
たとえば、キーボードを打つに任せて文章を書いていると、
「オレ、こんなことあの人の前で言えるのか?」みたいなセンテンスによく出会います。
その人がその文章を読む確率はおそらく相当低いでしょう。
けれど、もし交通事故みたいな偶発性を伴ってその人がそれを読んだら、
「ふ~ん、そうなんだ」と憤慨するかもしれない。
とか、およそ0.3秒くらいぐだぐだ考えて、時にはセンテンスを別のものに変えます。
そのおかげで僕の選択肢は増えていく。
なんて書くと、さも大勢の人に二度と顔合わせできないような発言をしてきたように
思われるかもしれません。でも、そこまで酷くないという自負はあります。どうかなあ。
ただ、ある種の縛りを覚えるような記憶の中の人は、
かなり限定された特別な人と言っていいですね。
でも、現実的には僕がびくびくするほどその人の記憶にもはや僕自体が
存在していないという思いもあります。あるいは、仮にまだ覚えていてくれたとしても、
同じ言葉や感覚を共有しているとは限りません。
つまるところ僕が縛られているのは、その人の実在ではなく、
その人に対する僕の一方的な記憶です。
また時には、消すべきセンテンスをあえて生かし、砂漠で10年前に落とした1円玉を
見つけるほどの確率でその人が読むことを期待する場合もあります。
そんなこと、ほとんど誰にもわからない小心者の些細な冒険ですけどね。
近所のパン屋さんがクリスマスの飾りつけを始めました。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。何やら素敵なパーティの様子が送られてきました。