限界を超えていく力

フィギュアスケートの羽生結弦選手が驚異の300点越えで優勝を果たした、
というのは先週の話題ですが、その歴史的なスコアは予想されていたと思うんです。
フィギュアスケートは審査員による評価競技ですが、その得点制度が透明化され、
こんなふうに飛べば何点になるか、昔よりはるかにわかりやすくなっているそうです。
であれば、羽生選手にしても練習の時点であれをこう飛んでこう滑れば
何点に達するかおよその見積もりはできるはずですよね。
もちろん審査員の個別採点までは読めないし、実力を本番で発揮できるとも限らない。
だからこそ羽生選手自身もそのスコアを目の当たりにして驚いたのでしょう。
で、何が言いたいかというと、事前見積もりを机上の計算にせず、
自らの限界を超えていこうとする飽くなき意欲に感服至極、なのです。
ふ~む。そこから何を学べるか? 
彼ほどの才能を持って生まれるなんてことはまずできないし、仮に才能があっても
条件が整わず、才能自体に気付けないまま時を過ごしてしまうこともあるだろうし、
だからあれほどの逸材は奇跡的存在というしかないのかもしれません。
となると、平凡な僕らの日常で自ら外せる限界って何だろうと思ってしまうのです。
そんなもの、ないのかな? あるのかな? 
年齢、性別、経歴、環境等々、限界を語る以前に諦めを強要するような事柄は多い。
けれど、何でもいいから昨日とは違う今日を迎えたいですよね。
この話、ある会社の会長さんが現在の地位に甘んじず問題を抱えた会社に移った
という話題から転じています。60歳を超えていらっしゃるそうです。
僕に伝えてくれた方はこう言っていました。「プレッシャーを感じる」
他人事を自分事に置換する感性も、限界を超えていく力になるのかもしれないなあ。