いつも

やっぱり早起きは苦手だけど、ストレッチしシャワーも浴びて完全覚醒。
支度を整えカバンを持ち、家を出ようとして、いつもの場所に鍵がない!? 
昨日使っていたカバンの中か、上着のポケットかと思って探ってもカチャとも言わない。
にわかに沸き上がった動揺は、早朝の湖面のように穏やかだった思考を揺さぶり始める。
電車の時間に間に合わない。えいや鍵をかけずに家を出るか? 
そりゃやっぱりまずいだろう。取られる現金はなくともギターが心配。
それにしてもなぜいつもの場所にないんだ? 
そもそも、いつもと思い込んでいる場所は本当にいつもの場所なのか......?
「いつも、じゃない場所に行きたい」。これはひとりで飲食店を切り盛りしている
友達のセリフだ。家と店を往復するだけの毎日。
自宅と店舗は歩いて数分の距離なので、電車やバスに乗る必要がない。
なので店を始めるまではあれほど苦痛に感じていた電車が恋しいという。
そんなバカなと笑ったけど、同じ日はないと言いながら大きなルーティンに
組み込まれている僕らは、いつもの中から逸脱することはできない。
ルーティンを破壊し逃げ出すことは自由か? 違うな。
大小に関わらず枠があるからこそ僕らは自由の意味を知るんだ。
太平洋がどんなに広くてもいつか必ず大陸にたどり着く。地球という枠でそれは必然。
果てがなければ自由の旅は終わらない。だから、それぞれの"いつも"は貴重なのだ。
いつも通りを築き上げるには自分への信頼が必要だし、然るべき時間もかかる。
それがどんなに退屈に見えても、すべての基準はいつもから始まる
というようことを考えている場合じゃないですね。
一度大きく深呼吸をし、机の周囲を改めて見回しました。
昨夜のパーティっぽい忘年会でいただいた引き出物の袋の中で、
僕の家の鍵はそっと体を休めていました。それはいつもの場所のそばにありました。
身についたルーティンを侮るな。乗るべき電車と引き換えにひとつ学びました。