さよならロックスター

昨日スルーした話題がデビッド・ボウイさんでした。どう書けばいいのかまとまらず、
しかし翌日再考したところで何かが凝縮するわけでもないんですけどね。
僕はボウイさんに関して多くを知りません。
70年代に注目されたときは、あまりの向こう側感に子供だった僕の感性は
ついていけないどころか拒否反応すら示しました。
でも『Let's Dance』のリフはごく普通に記憶に留まっているし、
映画『戦場のメリークリスマス』も見ました。
歳を重ねてからのボウイさんは渋さをまとってすごくカッコよかった。
とまぁ、その程度の認識です。でも、十分かもしれません。
特別なファンではなくても、あるいは一度も会ったことがない人にもかかわらず
その訃報に心が動くということは、世代的に確実な刷り込みが行われた証拠ですからね。
で、そういうスターたちが生涯を終えていくわけです。
伝説的アーティストと呼ばれたところで人間には寿命がある。
そういうスターたちの生身性が露わになっていくことをどう受け止めればいいのか
まだよくわかりません。誰一人死から逃れられない現実に目を背けるつもりはなく、
自分だってそっち方向に向かっていることを理解はしています。
だからがっかりはしない。でも、悲しみよりあきらめが先に立つというか、
おぼろげながらも宿命を受け入れる態勢が整いつつある自分の感情に
ロックじゃないものを感じるんだなあ。何だろうねこれは。
久しぶりに会った子供が大きくなっていた驚きに含まれる
よろこびとは真逆なんだろうなあ。上手く言えないままですみません。
また今年もやってくる、こちらはファンと言っていいロックスターが
彼の岸を渡ったときには違う感情が沸き上がるんだろうか、などと考えてしまいました。