逃げ切ってやる

この週末はセンター試験なんですよね。僕らの頃は共通一次だったんじゃないかな。
ニュースもこの話題を取り上げ、試験会場に入る直前の若者に取材したりする。
天気予報も交通情報も、無事に試験会場にたどり着けるか親身になる。
という場面に遭遇すると、僕は押入れの奥に隠れたくなります。
あらゆる試験から逃げてきました。要は試験というより勉強からの逃避なんだけど、
自分を客観的に判断されるのが怖いんでしょうね。
検査も苦手なので、その性格というか性癖というか特性は拭いきれないものがあります。
情けないことです。でも、ダメなのよぉ。
じゃ今はどうなのかというと、仕事においては常に試されているという気構えがあって、
下手くそなりに必死でベストを尽くそうとしているわけですが、
それはどこかであらゆる試験から逃げてきた贖罪的意識や、
あるいはコンプレックスへの対抗心からきているものなんじゃないかと思います。
社会に出てしまえば学歴なんか関係ないよとおっしゃる方は多いでしょう。
体験的には僕もそう感じています。あるいは難関とされる資格試験、
たとえば司法試験に合格しても、人から尊敬される弁護士になるとは限らない。
だから試験なんかどうでもいいんだ、とは思わないんですね。
後悔しているのは、試験という本番に向けて勉強という練習の方法を学ばなかったこと。
どう学べばどう帰結するか、その方法を体得するには人よりうんと時間がかかったし、
今でも正しい方法を知らないままかもしれません。
じゃ、どうする? すでにやり直しに充てる時間などないので、
このままあらゆる試験から逃げ切ってやります。
そういうとこの逃げ足、けっこう速いんですよ。
って、試験を受ける若者には1ミリたりとも尊敬されないでしょうけど。