フェアネス

せめてスポーツだけはわかりやすいフェアを貫いてほしい。
そんな思いで、アンタッチャブルな時事ネタに手を出します。
要するに、オリンピックの女子マラソン選手選考です。
そもそもなぜ選考なのだろう? というところから、なんですよね。
「この試合で成績がよかった選手にオリンピックへ行ってもらいます」
そういう方法のどこに不都合があるのか、僕にはよくわかりません。
組織と個人が対立した場合、僕はもはや盲目的に個人を尊重します。
どうあっても立場は弱い。
壁と卵なら常に卵の側に立つと村上春樹さんもおっしゃいました。
この引用は安易で場違いかもしれませんね。
でもとにかく、どうあっても一個人の才能と努力に全面的に依存するスポーツでは、
組織が個人を尊重しない限り、そこにフェアは生まれません。
フェアでないことが前提なら、この話題はここまでです。
僕がよく話を聞かせてもらう社長さんは、おそらくめちゃくちゃ仕事に厳しい人ですが、
その厳しさに論理的一貫性があります。フェアとはそういうことです。
彼を心から尊敬すべき点は、そのフェアネスです。
とまぁ大上段に振りかぶってみても、世間にはいろんな事情があります。
「なるほどそういうことね」と、わかったような顔して見過ごすことは
僕にだってないとは言いません。でもだからこそせめてスポーツだけは、と思うのです。