5年目

3年より4年より、5年のほうがひとつの区切りとしてわかりやすい。
それを象徴するかのようにこの週末は3.11に関するテレビ番組が多かった気がします。
でも、当時の様子を中心に構成された映像を、僕は見続けることができませんでした。
震災直後は実情を知りたい欲求で追いかけたけど、
今となってはその映像の中で姿を消してしまった人がたくさんいたことを
知っているので、もう十分なのです。
目を逸らしちゃいけないとは思うんですね。忘れないためにも。
ただ、映像というパッケージに収まったカタストロフィを俯瞰していると、
真実味が薄まるというか、現実感がマヒするようで嫌だという気持ちもあります。
それよりは、あれから5年経った現場をこの目で見たほうがいい。
昨年の秋に行った気仙沼は、港近くにいくつもの廃墟がそのまま残っていました。
5年前の4月末には宮城県の名取市で、街がそっくり流された風景を見ました。
その日以来、機会があれば同じ場所に立ってみたいと思い続けてきました。
あれこれ思いは巡ります。
あの日が近づいているとか、区切りのいい5年目だとか、
そういうタイミングでないとこういうことを書かない自分もいます。
でもとにかく、あれこれ思う以外にないんですね。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。インスタ、始めたそうです。