春分

人生には分岐点があります。それは本人にとっても、あるいは周囲にとっても、
目に見えるようなドラスティックな様相を呈している場合があれば、
ずっと後になって振り返ったときに「そう言えばあれがそうかな」と、
その時点ではただの偶然のような形で訪れる場合もあります。
職業に関するインタビューをしていると、そうした分岐点はどなたにもあり、
個人的な類型では後者の、後になってそれだったと語られるケースが多いです。
そういう話に触れるたび、なるべくしてなるもんだなあと、人生の不思議に感服します。
僕にもあります。この職業に就くため編集の専門学校に行きましたが、
そのきっかけは、勤めていた会社が親会社に吸収されることになり、
退職か親会社への移籍を迫られたからでした。
より詳細に話すと、同じ境遇に立たされた後輩が
「私は編集の学校に行く」と言い出したんですね。
その時点の僕は将来に対して何の考えもなく、けれどそんな学校がこの世に存在する
事実を驚きを伴って知り、何かものをつくれるのはおもしろいかもと、
その程度の興味と期待で後輩と同じ学校に通うことに決めました。
それから約30年ですからねぇ。
もし勤めていた会社が潰れなかったらどんな人生だったろう。想像もつかないや。
春を分けると書く日は、空がパッカーンと割れて春の神様が顔を出すはずもなく、
恙なく過ぎていきました。暦も、それを眺める僕らも、気づくか否かはさておき、
いろんな分岐点を通過しながら人生をめくっていくみたいです。

オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。彼の地に春分の休日はないんだよね?