設定

日常生活で際立って苛立つ場面というのは、電子の道具が不具合を起こしたときです。
僕の場合なら、およそPCとスマホです。なぜ苛立つか? 二つ理由があります。
一つは、それらがトラブっても修繕する術を知らないから。
もう一つは、それが仕事に欠かせないものだから。
そんなこんなで一昨日、スマホが壊れました。少し前から予兆はあったのですが、
とうとう完全に通信不可になりました。2年半以上使っていたから諦めはしても、
つながらないことには仕事にならない。
幸いにその日は夕方に時間があったので、取材後すぐに専門店へ。
しかし、順番待ちの1時間を含め、新しいスマホを手に入れるまで都合3時間。
契約やら設定やら、いろんな手間をこなすのに必要不可欠な経過なのだと理解します。
でもね、ひどく疲れちゃいました。そして、この疲労って何だろうと思うわけです。
現代人の必携ツールだからそれくらいは必然のコストとして受け入れるべき。
何しろ仕事をスムーズにこなすためのものだから。
ふむふむ。けれど、現代人だの仕事だのという設定は、実は幻想なんじゃないか? 
それは、初期費用を抑えるサービスの一環として加入を強いられるアプリと等しく
本来はなくてもかまわないものなんじゃないか? 
いやまったく、そういう数多のアプリの設定にけっこうな時間を食われたんですよね。
なんてぼやいていると、ムヒカ元大統領のメッセージが遠くから聞こえてきます。
「本当に貧乏な人は、無限の欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ」
いやいや元大統領、そうではないんですよ。これは最低限必要なことなんですよ。
「幸せとは物を買うことではない。幸せとは、命あるものからしかもらえないものだ」
そうしてマペットっぽい風体のおじいさんは、言いたいことだけ言って姿を消します。
目に見えない設定に取り込まれているってこと、僕だってわかってるよ。
新しいスマホが調子よく動けば、苛立ちも疲労も忘れてしまうってこともね。
なんか、悔しい。