ハードル

ハードル、という言葉が日常的に使われるようになりましたね。

目標、または目標設定という意味合いとして。そのハードル、たとえば陸上競技の

文字通りのハードルであれば、その数や高さは誰かが定めてくれているわけです。

ごくシンプルな話として、選手はそれをいかにクリアするか考えて走ればいい。

その一方、誰に決められるでもなく自分ならではのハードルもあるでしょう。

ああなりたい。こうでありたい。その高さも自分で設定するわけですから、

要するにハードル次第で人生は変わってくるのだろうと。

で、土曜日の女子バレー。何かこう、それぞれのハードルにあれこれ思いました。

2セット取ればオリンピック行きが決まる。それは最終予選のそこまでの結果に

よるものだから、価値がないとは言いません。

でも、2セット取るだけじゃ目の前の試合に勝てるわけじゃないんですよね。

ところがテレビの伝え方は、「オリンピックに行ければいいじゃないか」的な

匂いが漂っていました。気のせい? じゃないと思うけど、どうだろう。

オリンピック行きが低いハードルであるはずがなく、それがテレビの中でも言っていた

最低限のミッションなら、どんなに泥臭くてもカッコ悪くても達成しなければならない。

それはわかっています。だから僕の違和感はないものねだり的かもしれないけど、

まずは眼前のハードルをいかにクリアするか、だと思うんだな。

遠くのそれが風で倒れて、ちょっとラッキーな気分を感じても、ね。

おそらく選手たちは、目の前の敵に負けた悔しさを抱えたと思います。

だからきっと、最終戦を勝利で終えることができた。カッコいいじゃありませんか。

そして教わりました。ハードルのもうひとつの意味を。

覚悟、です。うん、これまたカッコいいじゃありませんか。


オオフチさんの『NYほかけ舟』更新。彼の地は朝晩冷え込むそうな。