自分にしか聞こえない雨の音

梅雨に入りまして、上流のダムでは貯水量不足などが懸念されておりますけど、
いずれにせよ雨が降る時期でございます。
雨。それ自体は嫌いじゃないな。子供の頃は飽きもせず眺めていたのでした。
3歳くらいから10歳まで過ごした家というのは、学生寮の母屋でした。
コの字型の両翼が学生の部屋で、コの字の縦棒の1階がその母屋的僕らの住まい。
どうしてそうなったのかまるでわからなかったけど、母親が雇われ管理人を務め、
一時期は大勢の学生と夕食を共にしていました。学生運動の末期で、母親が学生に、
「そんなの出たら国の親御さんが悲しむ」と言ってたのをはたで聞いていたり、
学生部屋のドアのガラス部分には平凡パンチのエッチな表紙が張ってあったり。
それらは人工着色したモノクロームみたいな映像記憶になっています。
その学生寮の両翼を見渡せる母屋の正面は中庭になっていて、
そこでよくひとりで雨を眺めていました。何が楽しかったのかはまるで思い出せない。
ただ、じっとそこにいるのが好きで、自分にしか聞こえない音を聞いていた気がします。
ジーとかコーというような、たぶん錯覚的なものを。
そしてまた、自分の視覚にも疑いを持ったのです。自分に見えているこの風景は、
他人にも同じ形や色で見えているのだろうか、なんてね。
あの当時の感性が今もあれば、もっと素敵な文章が書けるのではないかと思います。
あるいは、梅雨って湿気が多くて嫌になるとか、
眉間にしわを寄せてブツブツ文句を言う大人にならなかったのではないかと。
いろいろ残念な気持ちになりますが、梅雨はまだまだ続きます。

エミさんの『空気日誌』更新。憧れのデザイナーのお話。