肌感が求めること

「戦争が始まる感じとはこうなのかもしれない」
よく合う方がおっしゃったその言葉は、
何となくザワザワしていた僕の気分にジャストフィットしました。
感情論で国の先行きが決まっていく流れ。
そこに恐怖みたいなものを覚えたわけです。
またまたイギリスのEU離脱関連。
この件に関して心から拭えずにいるのは、この国に住む僕らには本質の部分で、
あるいは肌感的に正しく理解できないのではないか、ということです。
移民が地元の労働力を奪うという問題が発端だと言われていますが、
ないですもんね。それを深刻だと共感できる要素が。
だから経済面では日本にも多大な影響を及ぼすと警告されても、
やっぱり他人事のように見えてしまうわけです。
実にのん気です。僕はそれを尊いと思いますけどね。
1989年のベルリンの壁から始まった東西ドイツの統合やソ連の崩壊も、
歴史の転換点的大事件として胸がざわついた覚えがあります。
けれどそれらのニュースは、何が開いていく希望のようなものがありました。
今回のイギリスの件は、その逆に何かを閉ざしていくような不安が漂います。
怖いのは孤立の連鎖ですね。
クラスにそういう子がいたら、とにかく声をかけ続けなきゃいけないでしょう。
なぜなら、君も僕も一人では生きていけない存在だから。
今日別れたあなたと、いつどこで再会できるかわからないから。
それは理屈を超えた肌感が求めることではないかと。
書きたいまま書きました。