子供は社会の宝

2年近く連載の仕事を共にしている女性がご懐妊を報告してくれたのは2カ月前。
その時点で4カ月。月刊誌なので月に1回顔を合わすわけですけど、先週会ったときは
6カ月で、腰回りの緩い服を着ていてもお腹の大きさがはっきりわかりました。
妊婦さんというか、お腹の赤ちゃんの成長を見続ける機会なんて
まずないことなので、いやもう不思議でなりません。
ここのところは都内を外れ僕のクルマで取材に行っているので、
運転も普段の3倍くらい慎重です。高速道路で危なっかしいクルマが前を走っていたら
いつもなら追い越すところをあえて速度を落として車間距離を開けるとかね。
一瞬でも怖いと思わせない運転というのは、なかなかのテクニックを必要とするのです。
でもって僕のポンコツは背が高いもんだから、妊婦さんには乗り降りが大変。
ドアの開け閉めはもちろん、降りる際には手を差し出します。
優しさを自慢しているつもりじゃないんですよ。
たぶんそんなのは、優しさのうんと手前にあるごく当たり前の気遣いに過ぎません。
子供は社会の宝だと思うんです。僕がその子の親になることはまずないけれど、
この世界に生まれてきたら、何かの縁でつながるかもしれないでしょ。
ちょっと下世話だけど、僕の年金の一部はその子が稼いでくれるかもしれない。
その前に納税者になることを祝うべきだな。いや、金の話はどうでもよくて、
無事に生まれて、という願いと期待を与えてくれるだけでうれしい気分になります。
何はともあれ、すべての子供は社会の一員なんだと、最近はそういう感覚が強いですね。
もはやおじいちゃん的なのかね。
そんな思いはどんな場所にだってあるはずなのに、この世界には突然の事件や事故で
子供を奪われる悲劇が絶えない。それっていったいどうしたもんだろう。