ある人と恥について話しました。その内容はさておき、
この漢字の力強さは相当なもんじゃないかと思ったのです。
音読みの【ち】だと、身も蓋もないパワフルさです。恥丘・恥骨・恥毛・恥辱......。
下ネタかよ、ですね。昔の男子中学生ならこれだけでイッちゃいそうだな。
対して訓読みは【はじ/は/はず】。送り仮名は、恥じる/恥じらう/恥ずかしい
となりますから、【ち】よりはいくらかソフトな印象になります。
昔の女子中学生は恥じらいを代名詞にしてもよかった。
さてさてこの漢字、耳と心で構成されています。常用漢字となる過程でこの形になったと
思われますから、元来の字源とは異なるかもしれません。
それでも耳と心をセットにしたのはなかなかのセンスです。これをどう解釈するか。
自分の心にしか耳を傾けないから恥をかく。
あるいは、心に耳があればかいた恥を聞くことができる。ふむふむ。
ある人と恥について話した主題は、一流の人は恥の感覚を持っているという、
論語にも登場する一説です。
衆人の前で石につまずくとか鼻毛が出ていたとか、それはそれでとても恥ずかしいけど、
まぁ誰にだって起こり得る物理的なトラブルに過ぎません。
しかし、誰からも指摘されずに自らの言動を恥じることができるのは、
たぶん感受性の問題でしょう。恥を知ることができるか否か。
僕も振り返れば数え切れないほどの恥をかいてきて、
その瞬間は「オレよ消えてなくなれ」と何度も念じてきたけれど、
できれば心に耳を澄ませて恥の音を感受できる人間でありたいです。
恥の音ってどんな? ち・ち・ち、じゃないかな。
う~、こんなオチで恥ずかしい。