誰かのように

特定の誰かのようになりたいと思ったことがあるか? と自分に問うてみた......。
取材が終わった後のクルマの中で、連載の担当編集者(20代女子)に半ば無理やり
最近の悩みをたずねたら、すぐ近くにいる先輩編集者のようになりたいと言いました。
段取りと手際のよさ、そして企画力。少しでもあの人に近づきたいのだと。
ふむふむ。非の打ちどころがない心掛けと言ってよいのでしょう。
具体的な目標があったほうが距離の縮め方もわかるだろうし。
けれど僕は、「誰かになるより自分になればいいんじゃない?」と、
今考えればあまりに抽象的で、おそらくは彼女が求めていない返答をしたのでした。
そんなセリフの根底にあるのは、僕自身「誰かのようになりたいと思ったことがない」
という概念です。ん? それって概念か? まぁいいや。
とにかくこの商売において、参考にすべき、または参考にすべきではない人は数多く
見てきたけれど、摸すべき先輩というか希望の具体像を持ったことがないのです。
職種を変えれば、そういう生き方があるんだと感銘を受け、
勝手に心の師匠や兄貴にさせていただいた方は何人かいます。
独創性があったわけではありません。ただただ習うのが下手で、身勝手なだけ。
その末の仕上がりが現状ということになりますが、どうなんだろうね。
何とかやれているからいいのかな。
ひとつ危惧すべきは、誰かのようになりたいと願って、それが叶ったら
その先はどうするんだろう? また新たな誰かを見つければいいのだろうか? 
その辺は経験がないのでわかりません。しかし、特定の誰かを持たない場合は、
自分を叱咤し続けなければならないのはよくよく知っています。
で、教訓ですが、安易に人の悩みなど聞いちゃいけないってことでした。