庶民としてのオリンピック

ここに来てまた東京オリンピック施設に関する話題が取り沙汰されておりますが、
何千億円だの何百億円だのと、僕のような庶民には絵空事のような数字が飛び交い、
リオの感動すら巻き取りながら、むしろオリンピックが遠ざかっていく気がします。
素朴に思うのは、世界の中でもおおむね金銭的に豊かなはずの日本でさえ、
オリンピックに向けてここまでお金で揉めるなら、
おおむね豊かではない都市あるいは国での開催はどんどん難しくなるでしょうね。
実際に経費を理由に誘致を断念したところがいくつかあるようだし。
閑話休題。
今年は身近に妊婦さんが多いのですが、夏まで連載を共にしたイラストレーターから
「生まれました!」というメールをもらいました。
何だろうなあ、最近はそういうお知らせが無条件にうれしいなあ。
赤ん坊の写真も添付してくれました。できたらお母さんといっしょがいいぞ。
よく知っていて心配していたのはお母さんにほうだからね。
で、次のオリンピックが開催されるときにその子は3歳になっているわけだ。
となると、記憶の片隅には残るんだろうなあ。
そう考えると、やっぱりいい大会にしたいと思いますね。
関係者ではないけれど、開催都市に住む庶民としてね。