繰り言

この時期になると、浅知恵からこぼれ落ちたような叶うことなき願望が顔を出します。
師走を大事に過ごしたい。
街並みにあふれるイルミネーションとクリスマス関連の飾りつけは、
できれば落ち着きたい気持ちをかき乱し、月の終わりと同時にやって来る
年の終わりへと背中を蹴りつける。一応、踏ん張るんです。満員電車の中にように。
けれど今月だけはつり革ごと引き千切られます。
そして正月になると、もはや用をなさないのに握りしめているつり革のハンドルを見て、
これ何だっけ? と途方に暮れる。そんなのイヤだなあと、
だから周囲のムードに流されず、平然と厳然と12月を過ごしたいと思うんですね。
毎年のように。繰り言のごとく。
でも、何かに追い立てられるようなこの時期の気分は、誰も感染から逃れられない
流感みたいなものかもしれません。だいたいにおいて、年であれ月であれ日であれ、
あらゆる時間の大事な過ごし方が僕にはわかっていない。
やるべきことに時間を与える一方で、やらなくていいことに時間を奪われる。
その差配を間違うと、どんな結末がやって来るのだろう。
とか、どうでもいいことを考える時間がもったいない。12月だから。
いや、どうでもいいことを時間だって必要だ。12月であっても。
精神は行きつ戻りつですが、その間にも時間は平然と厳然と先へ先へと進んでいきます。
繰り言くりくり。