愛の反対

早朝、人と待ち合わせしているとき、もしや霜柱など立っているんじゃないかと
小さな生垣をのぞいたら、いくつものゴミを発見しました。
舗装された周囲は比較的清潔です。その猫の額と言っていいほど小さな生垣の中にだけ
おそらく複数の誰かが無造作に捨てたゴミが散らばっているのです。
ん、本当に無造作なのか? のぞかなければ発見されないことを承知の上か? 
であれば確信犯。罪は重くなるでしょう。
誰のどんな意図かはわからないけれど、もしそこに生垣をつくらなかったら
ゴミが捨てられることはなかったのだろうか。これは実験してみたいと思いました。
植物には申し訳ないけれど、一度すぱっと刈り取って裸の地面を露出させる。
もちろんゴミも片づけて数日様子を見てみる。どうなるでしょうね。
清潔な街の犯罪発生率は低いと聞きますから、何らかの効果が出るやもしれません。
などと朝の空気に身を晒しながら僕が考えたのは、
今日こそ部屋に掃除機をかけようということでした。
愛の反対は憎しみではなく無関心。これはマザーテレサの言葉です。
見て見ぬふりは罪の始まり。これは誰だっけ? 
夕方にはちゃんと掃除機をかけました。ちなみに生垣には霜柱が立っていませんでした。
この週末は僕の町にも寒波がやって来るそうです。