評価

「1年休んだ程度でその人本来の能力は低下しない」。なるほどそうだなと思いました。
説明します。先週ここで書いた、もうすぐ母親になる美容師の話。
店長になった彼女は産休を1年と設定し、子供を産んだ半年後には何らかの形で
仕事に関われるよう会社に提言。頑張って働いた末に得た地位を失いたくないという
彼女なりの努力を僕は「母は強し」と表現しました。
ある方と会社の人事関連の話題になったとき、ぼくがこの実話を持ち出したら、
その方が冒頭のようにおしゃいました。それがその方の評価における持論だそうです。
もちろん1年のブランクを持ってしまえば、現場では如何ともしがたいものが生じる。
しかし、元々能力があるならそれすら飲み込み対応し、あるいはブランクを糧にして
以前より高いパフォーマンスを発揮するかもしれない。
それにまた能力がある人は、復職するための訓練を密かに行うはず。ふむふむ。
もし僕が何らかの事情で現在の仕事を離れたとしても、きっとここでは書き続けます。
能力の有無に関係なく職業的筋トレの一環として。書きたいから書く意欲を持って。
それが自然なことだと考えるのは、美容院に属したまま母親になる彼女も、
あるいはフリーランスの僕も、自分の能力で勝負するという自負と覚悟があるからです。
けれど普通の組織では、言葉を選ばずに言えば、休職のよって差別が生じるそうな。
理解できるところもあります。こっちはずっと働いてきたのに、
休み明けで元の立場に戻り以前と同じ給料をもらえるなんて会社は何考えてんだと、
そういう思いが沸くのも自然なことでしょう。
相対と絶対。一個人であれば、どちらの評価基準がよいですか? 
僕なら後者です。「お前の原稿はおもしろくないからギャラはこれだけ」と言われたら
へこみそうだけど、それならおもしろく書いて高いギャラを奪ってやると発奮したい。
まぁ実際には相場があるので、どう書こうとお支払い額は変わらないという現実が
ありますが、それに関係なく持てる能力を発揮すべしと臨むのは、
要するに個々の仕事観に帰属する部分です。結局、人の問題。
そこで望むのは、正しく評価してくれる人の下で働きたいということですね。
それに尽きるかなあ。

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