同い年

どんなところにも言葉に詰まる切なさが満ちているものだと痛感しました。
昨日お会いした熊本出身の同い年。故郷は地震で大変でしたかと、
何気なく聞いたつもりが答えを聞いて二の句を継げなくなりました。
倒壊した実家の下でお母さんが亡くなったそうです。
お父さんは無事でしたが、今も仮設住まい。
しかもご両親は、地震の翌日に東京の息子さん、
つまり彼のところに来る予定で旅支度を調えていた最中の被災だとか。
あと1日違えば、などとは口に出せませんでした。
でも、酷いことを聞いてしまったとも思いませんでした。
実際はこの上なく酷い現実ですから、僕が聞かなければ話す必要もなかった話題です。
勝手な解釈ですが、同い年という縁によって気心を許し合えたというか、
だから僕はそれ以上何も聞かず、彼はまたそこに生まれた沈黙をかばうようにして、
わずかの間いろいろ話してくれました。
すぐに駆け付けたが実家に向かう道が寸断されていたこと。
2週間後を経てようやく葬儀ができたこと。
参列者のいない淋しい弔いだったこと。
どこにぶつけていいかわからない怒りや悔しさを抱えて半年を過ごしたこと。
この話をどこかへたどりつける気はありません。
ただ、僕にとって思いがけないことでも、思いもよらない現実は
そこここにあるという事実だけは静かに受け止めようと思いました。