尊敬

物事にはおよそ名前があります。人間のややこしい感情にも名詞が用意されています。
けれど、思いは言葉にしないほうがむしろ伝わる場合は多々あります。
たとえば尊敬。尊び敬う。敬い尊ぶ。
いずれにせよ敬の字が入っていることで、基本的には目上の人に向けた言葉です。
しかし、上下関係が異なる文化圏の英語を直訳したrespectが日常会話の中で多用され、
カタカナになると、日本語の尊敬と同意同義とは言えなくなるのではないか? 
これは僕の勝手な持論です。カタカタに神経質なところがあるので。
何か軽いんですよね。「超リスペクト!」なんて言われたらからかってんのかと
キュッと腹が立ちます。立ちませんか? 
もし心から尊敬していたら、あるいはリスペクトしているなら、
それは対象者の前では口にせず態度で示すべきだと思うのです。僕なら文字にします。
「口に出してくれないと伝わんないから!」という面もあるでしょう。
それに、尊敬は必ずしも目上にだけ向けた感情ではなく、また性別も越えていきます。
それでも、目下だから、異性だからそれを言葉にしていいものか......。
言葉にした瞬間、本質が変ってしまう気がするんですよね。尊敬はその代表例です。
愛や恋のほうが僕には言葉にしやすい。
でも愛や恋の起爆剤や成長剤になる尊敬だけは、
音としての言葉では表現しきれないと思うのです。
う~ん、ほらやっぱり上手く言えないや。
この話、けっこう歳が近い男が会話の中で「リスペクト」を連発していて、
コイツ軽いなと感じたところから始まりました。個体差の問題かもしれませんが、
ソイツは信用できないと思ったのは事実です。