大人の靴下

実年齢はさておき、大人になったなあと実感したことがあったんです。
そう言えば最近、3足1000円の靴下を買わなくなったなあと気付きましてね。
金持ちになったとか、そういうヤラしい話じゃなくて、ですよ。
いえね、靴下なんてそこそこでいいやと思っているうちは3足1000円で十分だった。
特別にモノが悪くはないし。意識が変ったのは、一昨年くらいの夏でした。
スニーカー用の、靴から見えない靴下があるじゃないですか。
あれって、わずか2、3歩で脱げちゃうでしょ。それがどうにも気持ち悪くて、
何とかならんものかとあれこれ試した末に、3足1000円ではなく、
1足いくらのそこそこ高いものにたどり着いたのです。そりゃそうだというオチです。
買い物に限らず、つまるところいかに後悔しないか。
これはいささかネガティブな発想かもしれません。
高級でオシャレなものを求める意欲じゃないからね。
ただ、後悔と妥協の境界線を変更するのは意外に難しく、しかし納得や満足という
別の要素を加えることで、また新しい境界線の引き方を覚えるのだろうと。
それが僕の場合の靴下。などと書くと足元を見られそうですね。そこそこですよ。
でも、妥協せず、納得や満足を求め続けると頑固になりそうな気もします。
大人の靴下って難しいなあ。