お悔み

何年もの間、現場で会っては言葉を交わしてきた人が亡くなったと聞いたとき、
もちろんとても残念なのだけど、最初に浮かぶ感情は申し訳なさです。
そう言えば昨年はお見かけしなかった。とは言えある現場に赴くことは互いに
約束するわけではないので、会えないことをさして気に留めていませんでした。
そこなんですね、申し訳ないのは。
自分の注意力、観察力、ひいては配慮の足りなさを後悔するのです。
ご家族にしても伝えるのは難しいですよね。臥せっておられるときはもちろん、
葬儀に呼ぶべき距離を図りかねるところもあるでしょう。
僕の住まいから遠方なので遠慮もあるはずです。
それでもやはり、自分が気付くべきだった。
思慮が深ければ、後に事実を知らされるショックも違ったものになったと思うし。
お悔みという言葉ありますね。
あれは、人が亡くなることを悔やむことを意味しますが、
亡くなるにあたり何もできなかった自分に向けた意味も含まれている気がします。
何かね、訃報に触れるたび、
現生に残っている自分は置いてけぼりを喰った気分になりますね。
彼の岸に渡られた方々に多くを教わりながら、
僕らは此の岸で精一杯生きるべきなのでしょう。