雑味のない人に

先日ある方と「雑」について話しました。

「雑な人というのは、どうやら個人の性格や特性に根付いているようで、

本人は自分の雑さに気付かないようだ」。これがその方の仮説です。

となれば僕だって、それに気づかなければ方々で雑な振る舞いを

している可能性はあるわけだ。おお怖っ。急に心配になってきた。

雑の反対側にいそうな「丁寧」はどうでしょうか。

こちらはたぶん、学習の賜物ではないかと思うんですね。

どうすれば人によろこんでもらえるか。

またはどうしたら人を不愉快にさせないかを考え、方法を導き出す。

であれば僕にだって学習の機会は訪れるはずです。

自分だけに降りかかる日常のあれこれはさておき、せめて仕事だけは丁寧に。

おそらくはチェック項目を増やすということなのでしょう。

手間はかかりますね。当然時間も要する。

でも、チェックを怠るほどに仕上がりは雑へとなだれ込む。

そうした手間や時間を織り込んで働けばいいのね。よしよし。丁寧な人になろう。

たぶん雑より丁寧のほうが値段も高くつけられそうだし。しめしめ。

ふと気になって「雑」の対義語を調べたら「純」でした。

きよい・きよらか・混じり気なし。

下心は雑味ってことか。

不純物を味わいだと思ってほしいなんて言っちゃいけませんね。